やまちゃんの日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 【韓国】【文化財】京義線最後のSL 臨津閣で公開

<<   作成日時 : 2009/07/16 19:46   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

少し前のニュースになるが、京義線を走っていたSLが戦闘に巻き込まれ、
その後南北戦争の象徴として指定文化財になっていた。
これが復元されて、公開されたという。

【連合ニュース】 2009年 06月 25日(木) 午後 04:10
半世紀以上非武装地帯に放置されていた京義線長湍駅SL(登録文化祭第78号)が
59年ぶりに化粧直しして一般に公開された。
画像


文化財庁と京畿道京義観光公社は、朝鮮戦争勃発 59周年である 6月25日午後 2時、
坡州(パジュ)臨津閣トクゲタリ入口(昔の京義線下り線) 野外展示場で長湍駅SL公開記念式を開いた。
画像


長湍駅SLは野外展示場(1千670u)で北を向けて展示され、
保存処理過程で発見された破片など425点と一緒に公開された。

またSL煙室に積もった 50p 厚のフックソックで育った山クワの木一本も展示場に植えられている。

SLは日本川崎(重工)が 1943〜1945年に製作した長さ 15m、幅 3.5m、高さ 4m、重さ 80tの
山岳地形の貨物運送に適したマト型だ。

この機関車は 1950年 12月 31日最後の機関士ハン・ジュンキ(83) さんが軍需物資を積んで
開城から平壌に行った途中、中共軍の介入に黄海道ハンポヨックで後進運転して
また開城駅を経って長湍駅に到着した後爆撃されて立ち止まっていた。

その後半世紀以上非武装地帯に赤くさびて腐食したまま放置されていたが、
「南北分断の象徴物で' 文化財に登録され、保存処理過程を経て臨津閣 
昔の京義線下り線鉄路の上に展示されるようになった。
画像


金文殊 京畿道知事は祝辞を通じて、「SLに残っている 1千20個銃弾跡から
胸の中にもっと深い傷を負った離散家族が「走りたい鉄馬」を見て、
平和と統一の夢を持ち続けてほしい」と言った。

引き続きギムチァン 文化財庁次長は 「文化財庁はこれから私たち文化遺産の保存と活用のための
政策的な努力をつくす」と約束した。

京義線最後の機関士ハン・ジュンキさんは 「統一が実現し、機関車に乗って平壌を経て新義州、
満洲まで行くことができるその日が早く来るのを期待する」と所感を明らかにした。
画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 5
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
【韓国】【文化財】京義線最後のSL 臨津閣で公開 やまちゃんの日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる